デジタル版画展
「進化する版の展開・変化する版」
【報告】

 

2017年10月22日更新

 

開催概要

開催名 デジタル版画展「進化する版の展開・変化する版」
期間 2017年8月4日(金)~9日(水)
10:00~18:00(初日開館 13:00より/最終日閉館 16:00まで)
会場 O美術館
品川区大崎1-6-2 大崎ニューシティ・2号館2F(地図
JR線・りんかい線大崎駅(北改札口・東口)下車徒歩1分
TEL:03-3495-4040
主催 デジタル版画協会
後援 O美術館
参加者(敬称略) 出雲 たけこ、稲継 豊毅、宇野 和幸、越前 和代、太田 策司、岡本 光弘、神田 和也、小林 功於、佐々 順子、鈴木 朝潮、田辺 和郎、ダン 小花、橋本 健作、馬場 章、藤田 和人、藤谷 美貴雄、星野 美智子、本田 巧緻、真木 欣一、松山 裕一、渡辺 美津代
スペシャルイベント デジタル版画座談会並びにオープニングパーティ
8月5日(土)14:00~
登壇者(敬称略):星野 美智子、馬場 章、宇野 和幸、太田 策司、鈴木 朝潮
コンセプト/イメージ 次項記載
入場料 無料
来場者数 557人/6日間
メディア掲載
  • 2017年7月30日 東京新聞 朝刊「カルチャーインフォメーション」
  • 版画芸術176 2017夏号 展覧会プレビュー
  • 月刊ギャラリー 2017年9月号
  • 美術の窓

コンセプト

デジタル技術を使用した芸術作品の進化はめざましいものがあります。今や欧米ではPCを使い制作されるデジタル版画は一般的となり、芸術表現として普及しています。

しかし残念な事に遅れているのは日本です。これは浮世絵以来の伝統と版画先進国としてのプライドが、未知なるデジタル表現を遠ざける方向に働いていると考えます。芸術は常に新しい事にチャレンジする事に存在理由があります、 この展覧会はデジタル技術の発展を版の進化と捉え、「進化する版・変化する版」として様々な表現形態を示し、その実態を展示するものです。

幸いにもO美術館の応援を頂く事になり、活躍する作家22名を集め、その表現・進化・変化を、新たなる形態としてここに提示しています。

出雲たけこ、稲継豊毅、宇野和幸、越前和代、太田策司、岡本光弘、神田和也、小林功於、佐々順子、鈴木朝潮、田辺和郎、ダン小花、橋本健作、馬場章、藤田和人、藤谷美貴雄、星野美智子、本田巧緻、真木欣一、松山裕一、渡辺美津代 (五十音順)

デジタル版画展イメージ

画/神田 和也 「忘却-2」

デジタル版画展によせて

馬場 章

版画にみる離散化

 デジタルはデータを離散化(とびとびの数値に置き換える)して記録する技術で、総じて電気信号に置き換えられたデータを機械的に離散・圧縮して記録、それを元と近似の情報に復元する一連の技術とされる。

 この離散化の考えはデジタルが開発される以前から音楽や様々な技術(織物他)に散見でき、伝統的な版画技術も同様である。木版画の場合は版木を彫った部分は「0」でインクが着かない、彫り残した部分は「1」でインクが着く、より細かな表現が可能な銅版画は彫った部分(凹部)は「1」となり、それ以外は「0」である。制作行為が全て作品に展開される絵画と異なり、アナログ(連続諧調)の画像が職人の経験知により線・点に置き換えられ製版された。注1

 版を製版するためには、インクの着くところと着かないところを作らなければならず、離散化は欠くことのできない条件と云える。

 光によるデータの離散化は、1884年ドイツのニプコーが、被写体とセレン受光素子の間に回転する円盤(螺旋状に穴の空いた)を置いて、動くイメージをスキャンする原理を考えつきニプコーディスクとして実用化している。(テレビ画像の基礎となった)

版画とデジタル

 私がデジタルを意識したのは1980年頃で、版画が写真画像や複写機(コピー機)による印刷を新しいメディア(媒体)として取り込み、版画の枠を拡げる試みが盛んになされた頃である。写真や複写は「引用」という概念を生み出し、作家の個人的イメージに頼った作品制作に新たな展開の要素を加えた。

 手仕事に固執して修練していた頃の私としては対岸の出来事として捉えていたが、興味をもったのは横尾忠則氏の曼荼羅シリーズや演劇ポスターなど「引用」をベースにした作品群であり、靉嘔氏のレインボーシリーズ、小本章氏の写真のコラージュをレーザー・プリンタトで引き延ばした作品、高松次郎氏の「この七つの文字」に代表される汎用複写機を用いた作品である。特に靉嘔のレインボーシリーズは、線描の下絵に色を表す数字が書き込まれただけの「指示書」が刷り師のもとに送られ、刷り師は下絵の線に合わせた型(版)を用意し、予め決められた数字(番号)の色で刷るという発注芸術であり、版画の特質を最大限に生かした制作方法といえる。

 複写機が普及すると、版画でも写真画像や実材のコピーを版に転写することやコピーの再現性の限度(コピーを重ねるほど画像が荒れる)を利用して手仕事では得られない単純化した画像やコピーの途中で原稿を動かすなど様々な試みがなされた。これらの試行は機器の機能によるものが多く、本格的なデジタルをベースとした制作にはほど遠いものであった。注2

 1990年代半ば頃からデザイン分野ではコンピュータが使われるようになり、教育現場でも編集ソフトのIllustratorや画像処理ソフトのPhotoshop、動画編集ソフトのFinal Cut ProやPremiereが使われるようになった。ある意味で絵画とデザインの境界領域にある版画では、コンピュータの有効性を絵画よりも強く認識してはいるものの、絵画系の教育を受け手描きにこだわる制作者にとってはハードルが高かったように思える。しかし、社会にパーソナル・コンピュータが普及すると「デジタル」が一般に認知されるようになり、さらに社会のデジタル化が進むことで環境は著しく変化した。

 特に写真においては、フィルムによるアナログからデジタルへの変換にともない市販されるフィルムの型番が少なくなり、暗室作業も白日のもとコンピュータで全て行われるようになった。現在のデジタル環境は、普及の初期に比べ格段の圧縮技術の向上と大容量の記録媒体の登場で、質の高い繊細な作業も短時間で行えるようになり満足できる結果を得られるようになっている。

絵画と写真

 1826年フランスのニセフォール・ニエプスにより、光による画像を物質に定着する技術が開発され「写真」が始まった。その後、フランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールによるダゲレオタイプ(銀板写真)やイギリスのヘンリー・フォックス・タルボットのカロタイプなどの写真技術が社会に発表され、多くの科学者や画家が研究を重ね急速に発展していく。この写真の普及は近代以降の絵画に大きな影響を与える事になった。

 写真にはフォト・メカニカル(photo mechanical)とフォト・グラフィック(photo graphic)の側面がある。フォト・メカニカルは光により感光性物質が硬化することを利用した技術で、同時期に開発された写真製版で印刷分野を中心に発展した。もともと写真の起源となったニエプスの技術は印刷に応用するための技術であり、タルボットが始めたカーボン印画法は製版に応用できる技術であった。注3.注4

 フォト・グラフィックは、ハロゲン化銀が光で(感光して)銀粒子となり現像することで黒変し画像を形成する方法で、通常「写真」と称される。写真の黎明期には芸術における位置は微妙で、絵画に寄り添うようなピクトリアリズムと呼ばれる絵画的表現(ぼかしや彩色)も多くみられたが、写真でしかできないことを追求するストレートフォトがアメリカのアルフレッド・スティーグリッツらにより提唱され、絞りF64という極端に被写体深度のある(前景にも後景にもピントが合う)写真も登場した。一方、写真に通底する「即時」「記録性」を重視したものにドキュメンタリーフォトがある。

 バウハウスで教鞭をとったモホリ・ナジは写真を「純粋な客観的ポートレート」と言い、個人的観念が及ばない事実として写真を教育の一環に据えた。この客観的事実という考えは、アカデミックな「既存の芸術をトレースし、新しいことを付け加えて発展する」という考えに対抗し、主観(既存の視点)を排し物事を捉えることで新しい概念を創出することに繋がり、シュールリアリズムをはじめポストモダンの絵画に大きな影響を与えた。

 私は、(日本では)絵画における写真は手法として語られることが多く、絵画に影響を与えた存在として取り上げることが少ないように感じる。

 絵画の側からみると、絵画制作では当たり前の「身体性」や「個性」を写真に求めることは難しい。線を一本引けばそこに「個性」が現れる絵画と異なり、カメラという装置で対象を記録したものに「個性」を見出すことは困難である。装置はなにものも変更しない。そのため写真表現には視点の独自性とその継続がより強く求められると思う。

 しかし、デジタル環境の変化で写真に対する認識が変化したように感じる。デジタルカメラの出現は、特異な対象(モチーフ)に遭遇するチャンスを多くの人に与え、それまで写真家の特権であった多くの画像から優れた一点を選別することが一般でも可能になった。フィルム写真では撮影技術のみならず現像や専門的な加工の技術が作品に大きく影響するが、画像編集ソフトを使えば画像の消去や重ね焼きなどの加工はトリミングやレイヤーを重ねることで容易く行え、さらにカラー原稿でも色の分版、色補正や変更のシミュレーションも簡便である。これらの状況から、写真をベースにした作品の発表も多くなってきている。

 デジタル技術が写真に与えた影響は計り知れない。撮ったら終わりとされた写真が絵画になったと言える。

 デジタル・カメラはノイズを減らし速く綺麗な画像を得るためにさらなる開発が進められている。そのためにフィルム写真のように光がフィルムに焼き込まれるまでの時間が短縮され、フィルム特有の対象物までの距離に起因するノイズ(空気感)などが喪失した。そのことが綺麗ではあるものの平板な画像になった印象をもたらしているのではないか。今後、失ったものをどのような方法で補えるかが問われてくるのだろう。

 出力機器に関しても、レーザー・プリンターからインクジェット・プリンターへと主力が移行した。レーザー・プリンターは、静電気を帯びるドラムを使うため大型化することが難しく大判の出力業者も限られている。それに対しインクジェットは顔料の超微粒子化も進み、それまで染料系のインクが主流であったものが耐光性・耐水性の高い顔料インクも多く採用されるようになり、機能的にも繊細で大判の印刷が可能で美術作品としての通用性が増したように思う。作品は実在でもあるので質感も求められる。インクの厚みや支持体(の素材)の多様化などに関し他分野には有用な情報が多い。今後は、それらの分野の情報を吸収することが表現の幅を拡げる一助になると考えている。 

 今回デジタル版画展に参加させていただき、様々な表現に触れデジタルに対する認識を変えたいという主旨も納得できた。これからはデジタルでしかできない独自な表現を前面に出すことがデジタルによる版画の広がりに繋がるのではないかと考えている。

注1 1790年代にゼネフェルダーにより開発されたリトグラフにおいても、石の表面を目立てしてクレヨンで描画するが、目立てした山の部分には引っかかったクレヨンの油性が反応しインクが着き、凹んだ部分にはインクは着かないことで、細やかな点の集積により極めて連続諧調に近い表現が可能になった。
例外として、銅版のメゾチントや木版の刷りぼかし、リトグラフの解き墨は連続諧調を得られる技法である。
注2 複写機(コピー機)では、原稿を光学スキャンし電気信号に変換する。白い部分は光を反射し黒は吸収される。この信号をメモリーに記録し、信号にそってレーザーを帯電したドラムに当て電圧を変化させる。トナー(磁力を帯びた顔料)が静電気で吸着するので、そのトナーを紙に転写し熱で定着する。そのためレーザープリントと呼ばれる。
注3 ニエプスは天然アスファルトの感光性に着目し、ラベンダーオイルで溶いたアスファルトを銅板に薄く塗布し、最初は版画を油で半透明にしたものを密着して焼き付け、後にはカメラに装填して8時間に及ぶ撮影で露光し、ラベンダーオイルで未露光部分を溶かし去り、アスファルトの耐酸性を利用して腐蝕し画像を得た。後に銀板を用い腐蝕の代わりに沃素を反応させて画像を得る方法も行っている。
注4 タルボットのカーボン印画は、ゼラチンと顔料と重クロム酸カリウムを混ぜた溶液を紙に塗布して乾燥させることで感光性をもたせ、画像を焼き込み、水で膨潤させて紙に貼り着け温湯で現像し未露光部分のゼラチンを溶かし画像を得る方法で、クロム酸ゼラチンの感光性を利用する写真製版(グラビア印刷)に応用可能な技術である。

デジタル版画展、進化する版・変化する版

宇野 和幸

私の作品制作では原始的な意味での版手法は使っており、その版自体もデジタル写真をPC上で加工して作成しているものの、「デジタル」「版画」と冠のついた展覧会に出品することに対しては、若干の申し訳なさ(自分としては判然としない違和感と大いなるアウェー感)を抱きつつ参加させていただいた展覧会だった。

しかし実際に作品を並べてみるとそういった感覚とは全く関係なく、デジタルの要素を様々な形、プロセスで使いこなされた迫力ある作品が並ぶ、充実した展覧会であった。やはり作品は、デジタルかアナログかという区別とは関係ないところにその本質はあるのだと思う。 そのうえで、そこでデジタルが作品の本質に対してどのように作用するのか、それについても考えていきたいと思っている。

デジタル技術が我々の社会に当たり前のように浸食してきて久しい。当然のことながら生活や思考にも、意識的・無意識的に影響を与えているだろう。作品制作においても、その発想からプロセス、技法などにデジタル的な思考が自然と滲み出てくるものと思う。

デジタル的な行いとは、離散的なばらつきに対してその誤差を限りなく小さくした近似値によって数値化するということで、つまりはある種の決断の連続に他ならない。「だいたいこういう感じ」というような、言葉にすれば大雑把でいいかげんな印象になるものを、ある状態における総体としての精確さとして判断し続けることが、デジタルなのだといえる。いわば連続してあるアナログに対して、実際には連続していないそれぞれの判断によって現れた点を連続するもののように扱うことが、アナログとデジタルの概念上の違いになるのだろう。(感覚的には滑らかに等速で動く針を持った時計と、瞬時に数字が置き換わるデジタル時計の違いといったところか。どちらも秒単位程度までならば同じ情報をもたらしてくれる)

実はこの、デジタル(的思考)における意識的な決断の連続というのが、単純にPCを使った技術・技法という枠組みや意味合いを超えて、なかなかに重要ではないかと思っている。

一方で、情報技術としてのデジタルということで言えば、やはりデータの変換、共有などに対してすぐれた特性を持っていることが挙げられる。そこにはデータという一種の共通フォーマットと単位によってやり取りできる融通性と、データでなければ(データ化しなければ)扱えないという絶対的な制限が同時に存在している。

データであるということは、(そのフォーマットにおいては)ある意味極端に、しかし精確に判断されて制御されたものであると言い換えられる。そしてそれは一種の均質化(別の側面で言えば価値の純粋化)に向かうことがあらかじめ組み込まれた、極限までデジタル的に純化された状態を志向し続けるものでもある。

極論すれば、そういった性格を持つデジタル技術を美術作品に使用していくということは、どこかでその均質化と対峙するためのプロセスを挿入することでそれに抗う、深度のある緊張を常に伴うということになる。その拮抗が作品の持つ表現の強度にも関係する部分は少なくないだろう。

デジタル技術を駆使しながらもデジタルの想定を裏切る、広い意味でのプログラムエラーを人為的に起こすことによって、あるいはデータから逆変換してアナログ(物質)へ出力することによって、データでも物資でもない作品というモノゴトへ昇華させる独特のハイブリッドな展開の可能性がデジタル(的思考あるいは版画)にはあるのではないかと思っている。

そう遠くない将来、美術全体にとって、デジタル技術がミクストメディアとしてのありふれた一つの材料、プロセスとして一般化されていくのは疑いようが無いだろう。そういった中で、デジタルの持つメリットでもある版(バージョン)の多様さが際限なく担保され得るという点では、並列的なバリエーションの広がりという豊かさをもたらしもするだろうが、実は決断力と判断(センスと意識)がより高度に問われる、多次元的な視点が必要となる傾向に向かうのではないかと思っている。

技術・手法としての一般化は、作品に対してコンセプトの強度、ヴィジョンの明確さを要求するところへ美術を導くことになるだろう。

同時に、デジタル(機器)を利用していくことには、その宿命でもあるプログラムのバージョンアップに伴う機能やスペックの更新が常に付きまとう。必然的に、技術や技法もそれによって強制的に変化を求められる(または放棄を強要される)場面も少なくないに違いない。それらとどの様に付き合い、向き合いながら制作していくのかが、無視できない隠れた現実(あるいはスキル)として、今後も作品に影響を与えていくことになるのは間違いない。

そしてそれが私たちにとっても同じくバージョンアップとなってくれるのであれば言うことはないのだけれど。

出品目録

敬称略、五十音順

氏名/Name 作品名 仕様等
出雲たけこ
Izomo Takeko
『光・希望 - 蔭の中に17-1』550mm×550mm PCデジタル画面に手描き、デジタルプリント
『光・希望 - 蔭の中に17-2』550mm×550mm PCデジタル画面に手描き、デジタルプリント
『光・希望 - 蔭の中に17-3』550mm×550mm PCデジタル画面に手描き、デジタルプリント
『光・希望 - 草むらに17-4』550mm×550mm PCデジタル画面に手描き、デジタルプリント
『光・希望 - 草むらに17-5』550mm×550mm PCデジタル画面に手描き、デジタルプリント
『光・希望 - 草むらに17-6』550mm×550mm PCデジタル画面に手描き、デジタルプリント
稲継豊毅
Inatsugi Toyoki
『蜃気楼1』96.2cm×68.5cm
『蜃気楼2』96.2cm×68.5cm
『蜃気楼5』96.2cm×68.5cm
『波に戯れて』96.2cm×68.5cm
宇野和幸
Uno Kazuyuki
『Landscape of vestiges 1』85cm×320cm 和紙、シンナープリント、アクリル、墨、 2017年
『Landscape of vestiges 2』120cm×85cm 和紙、シンナープリント、アクリル、墨、 2017年
越前和代
Echizen Kazuyo
『メタモルフォーゼ』1300㎜×830㎜ CG ジャーマンエッチング紙 デジタルプリント
『夜明け』1300㎜×830㎜ CG ジャーマンエッチング紙 デジタルプリント
『波の書』1030㎜×600㎜ CG ジャーマンエッチング紙 デジタルプリント
『第6の福音書』1030㎜×600㎜ CG ジャーマンエッチング紙 デジタルプリント
『第6の福音書』DVDプレイヤー、プロジェクター 24インチTVモニター 映像編集(スライドショウ、動画)
太田策司
Oota Sakuji
『原初の波』 (4点1組の連続作品)サイズ:352cm×80cm デジタルプリントのレイヤー構成+手彩
岡本光弘
Okamoto Mitsuhiro
『堆積作用 JUL0117』100cm×110cm デジタルプリント
『堆積作用 JUL0217』100cm×110cm デジタルプリント
『堆積作用 JUL0317』100cm×110cm デジタルプリント
神田和也
Kanda Kazuya
『忘却- 2 』縦118.9×横84.1㎝ インクジェットプリント
『Thoughtography 17-02』縦118.9×横84.1㎝ インクジェットプリント
『Thoughtography 17-03』縦118.9×横84.1㎝ インクジェットプリント
小林功於
Kobayashi Isao
『Keep Out No.3』サイズ : 900mm×720mm Piezo graph・デジタルプリント
『Keep Out No.4』サイズ : 900mm×720mm Piezo graph・デジタルプリント
『Keep Out No.8』サイズ : 900mm×720mm Piezo graph・デジタルプリント
『思い出の戻る場所 No.146』サイズ : 900mm×720mm Piezo graph・デジタルプリント
佐々順子
Sasa Junko
『Blooming』63×90cm デジタルプリント
『Set Out』70×79cm デジタルプリント
鈴木朝潮
Suzuki Tomomi
『不易流行 1』110×84cm ジクレーデジタルプリント
『不易流行 2 』110×84cm ジクレーデジタルプリント
『だけどいつか気付くでしょうその背中には』97×73cm フレスコジクレーデジタルプリント
田辺和郎
Tanabe Kazuro
『熔融と結晶』70×51cm
『熔融と結晶』70×51cm
『熔融と結晶』53×38cm
『熔融と結晶』53×38cm
『熔融と結晶』49.5×37cm
『熔融と結晶』123.5×91cm
『熔融と結晶』123.5×91.5cm
ダン小花
Dan Obana
『昔日の記憶が甦る(Revised Memory of Good Old Days)』1120mm×1620mm 3DCGツール使用/キャンバスにデジタルプリント
『拘束されて(Under Tight Restriction)803mm×803mm 3DCGツール使用/キャンバスにデジタルプリント
『親友どうし(Close Friends)』803mm×803mm 3DCGツール使用/キャンバスにデジタルプリント
『退廃の美学再び(Aesthetics of Decadence Again)』803mm×803mm 3DCGツール使用/キャンバスにデジタルプリント
『混沌状態(Chaotic State)』803mm×803mm 3DCGツール使用/キャンバスにデジタルプリント
橋本健作
Hashimoto Kensaku
『天』1004mm×1430mm PCデジタルプリント
『地(A)』1430mm×1004mm PCデジタルプリント
『地(B)』1430mm×1004mm PCデジタルプリント
馬場 章
Baba Akira
『Twilight Field Ⅰ』648mm×404.5mm photogravure Inkjet-print(フォトグラヴュール・インクジェットプリント) MO紙, 2017
『Twilight Field Ⅱ』649mm×406mm photogravure Inkjet-print(フォトグラヴュール・インクジェットプリント) MO紙, 2017
『Twilight Field Ⅶ』646.5mm×411.5mm photogravure Inkjet-print(フォトグラヴュール・インクジェットプリント) MO紙, 2017
『Twilight Field X』644mm×421mm photogravure Inkjet-print(フォトグラヴュール・インクジェットプリント) MO紙, 2017
『Twilight Garden I』400mm×260mm photogravure Inkjet-print(フォトグラヴュール・インクジェットプリント) MO紙, 2017
『Twilight Garden Ⅲ』400mm×260mm photogravure Inkjet-print(フォトグラヴュール・インクジェットプリント) MO紙, 2017
判治佐江子
Hanji Saeko
『CAIRO E-19+17』137cm×400cm デジタルプリント
藤田和人
Fujita Kazuto
『Stillness II-01』580mm×1040mm デジタルプリント
『Stillness II-02』876mm×585mm デジタルプリント
『Stillness II-03』585mm×876mm デジタルプリント
『Stillness II-04』402mm×603mm デジタルプリント
藤谷美貴雄
Fujitani Mikio
『焼鳥のある夜道 ― 夜だ。多くの焼鳥が集合し、どこへ行くともなく漂っていた。その後を追うことが可能ならば、その謎は解けるだろう。まあ、その通りだ。』1030mm×1456mm デジタルプリント
『黒い時間のある風景 ― ある日の海はこんな風に過ぎていった。だから僕は嬉しくてたまらなかった。他に必要なものは何もなかったからだ。』1030mm×1456mm デジタルプリント
『晴れた空の下で ― あなた達の目はゆがんでいる。と、私が言ったならば。彼らは、確かにそうかもしれない、けれどもあなたの目だってゆがんでいるように見えるような気がする。と、言うだろう。』1030mm×1456mm デジタルプリント
『ピンクの煙のある風景 ― 煙というか蒸気というかは途中で異次元の空間へ行ってしまう。素晴らしく美しい光景だ。』1030mm×1456mm デジタルプリント
星野美智子
Hoshino Michiko
『ボルヘスの幻想文学―伝記集のために』額サイズ:H120×W95cm イメージ:96×69cm
『ドールス著―バロック論のために』額サイズ:H120×W100cm イメージ:96×74cm
『砂の本―落丁』額サイズ:H100×W110cm イメージ:89×66cm
『補綴』額サイズ:H95×W110cm イメージ:87×72cm
本田巧緻
Honda Coach
『METALLIZING WAVE - 010』縦900×横600mm インクジェット
『BEYOND THE INFINITE - 003』縦900×横600mm インクジェット
『BEYOND THE INFINITE - 008』縦900×横600mm インクジェット
『BEYOND THE INFINITE - 009』縦900×横600mm インクジェット
真木欣一
Maki Kinichi
『古地図のある風景1(メビウスの環)』イメージサイズ : 105cm×74cm 額サイズ : 127cm×93cm デジタルプリント
『古地図のある風景2(竹篭)』イメージサイズ : 74cm×52cm 額サイズ : 92cm×72cm デジタルプリント
『古地図のある風景3(バイク)』イメージサイズ : 53cm×76cm 額サイズ : 72cm×92cm デジタルプリント
『古地図のある風景4(数字を引きづって)』イメージサイズ : 74cm×52cm 額サイズ : 92cm×72cm デジタルプリント
松山裕一
Matsuyama Hirokazu
『Plant_hiru』1000×700mm デジタルプリント on アワガミ竹和紙
『Plant_yoru』1000×700mm デジタルプリント on アワガミ竹和紙
『Plant_beginning 1』960×960mm デジタルプリント on アワガミ竹和紙
『Plant_beginning 2』960×960mm デジタルプリント on アワガミ竹和紙
『Plant_beginning 3』960×960mm デジタルプリント on アワガミ竹和紙
渡辺美津代
Watanabe Mitsuyo
『Another world Ⅷ』デジタルプリント
『Another world Ⅵ』デジタルプリント
『渡る』デジタルプリント
『湧く』デジタルプリント